Atlas of Everythingの使命

Atlas of Everythingは、科学的知識が我々の自由な幸福追求に有益であるとの確信に立って、あらゆる現象の構造を明解な図式により表現し、あらゆる人を対象に彼らの自律的な意思決定と知識獲得を支援することを使命として、ここに創造される。

生きとし生けるものは幸せを求めている。その各々にとって、自己の幸福は望ましいものである。このことは、幸福を求めるすべてのものが幸福である世界が存在するならば、そのような世界は誰にとっても望ましいものであることを含意する。各自の幸福が互いに相反することもあるが、もしそれらの調和が可能であるならば、すべてのものの幸福は、普遍的に共有されうる究極の目的であり、理想である。Atlas of Everythingもまた、この究極の目的を共有する。

すべてのものの幸福のためには、各々が自己の幸福を追求する自利的活動や、他者の幸福をも追求する利他的活動が、他者を害しない限り妨げられず、かつ円滑に展開されることが肝要である。そのための最小限の必要条件は、我々人間の幸福追求の自由が保障され、かつ円滑な活動のための環境が整っていることである。では、我々人間が幸福を追求する活動、あるいは行為とはいかなるものであろうか。

自己の幸福を追求するのであれ、すべてのものの幸福という理想を追求するのであれ、我々人間が意図的に行う行為は、典型的に次のような過程をたどる。まず、人々は自らの価値観や信念、規範に基づいて目的を設定する。次に、その目的を達成するためにいかなる手段がありうるか思案する。複数の実行可能な手段が考えられる場合には、最も適切であると思われるものを選択する。そして、自ら選択した手段を実行に移す。

このような意図的行為が成功するためには、目的を達成するための手段に関する正しい知識が必要である。このような知識には、目的の事象が生ずるための原因や成立条件についての知識と、社会生活上の決まりについての知識がある。後者の社会的規約や慣習についての知識は、自分で調べたり、他人に訊いたりすることで、ほとんどの場合、獲得できる。一方、前者の因果的知識については、そもそも人類にとって未知でありうる。個々人の価値観に基づく目的設定の個別性と、それぞれが置かれている状況の多様性を考えれば、既存の知識が個別の実践に直接適用できないことも多いだろう。このような場合、個々人は自らの目的設定と状況に適合する知識を新たに創造するための研究を必要とする。このような研究はしばしば、専門知識と技能、そして多くの試行錯誤を要し、ほとんどの個人にとって大きな負担や困難を伴う。人々の円滑な幸福追求のためには、このような意思決定・知識獲得における困難を取り除かなければならない。

以上のことから、人々の意思決定とそのための知識獲得を支える仕組みが必要とされる。では、あらゆる人を対象とする意思決定・知識獲得支援システムは、どのような要件を満たすべきであろうか。

第一に、意思決定・知識獲得支援システムは、利用者の自律を尊重しなければならない。ここで、利用者の自律とは、利用者が十分な情報を収集し理解したうえで、自己の内面的な規範や価値観に基づいて、自らの意思を決定することである。システム側が利用者にとっての利益を独断で決めつけ、彼らの意思決定を代行することは許されない。自らの独断を他者に押し付けるものは、自己の無謬性を仮定している。しかし、いかなる人間も、いかなるシステムも、誤りを免れない。さらに、利用者を主体に据えずに下された判断は、利用者が抱える問題の個別性の無視や誤解に基づくかもしれず、利用者の利益にならない可能性がある。利用者が抱える問題に最も関心をもち、利用者の価値観や信念、境遇などの個性を最もよく知りうるのは、利用者自身をおいて他にいない。ゆえに、意思決定において最後に判断を下すべきは、当事者である利用者自身である。そのために、システムは利用者との対話を重視し、利用者の意思決定に有益な情報を十分に提供することで、利用者の自律的な意思決定を支援しなければならない。また、利用者の側も自ら自律的に行動し、情報を批判的に吟味するように努めるべきであろう。

第二に、意思決定・知識獲得支援システムは、信頼できる情報を提供しなければならない。意思決定の根拠となる因果的知識の典型は、科学的知識である。科学は、現象の因果関係の解明や現象の予測を目的として築かれる知識体系である。科学も誤りうることを我々は銘記すべきであるが、幾多の実証試験を経た科学理論や、そこから導かれる科学的予測は、信頼に足るものとみなしてもよいであろう。

第三に、意思決定・知識獲得支援システムは、利用者が理解できるように情報を伝えなければならない。これは、利用者の理解に基づく自律的意思決定を支援するための必須要件である。意思決定の根拠となる現象間の因果関係や物事の仕組みは、一般に複雑で理解しがたい。現実世界では、一切の物事は互いに絡み合い、複雑な因果関係の網の目をなしている。このような複雑な関係性の構造をわかりやすく示すのに、言語表現は適しているとは言えない。これは、言語表現の形式が直線的・全順序的な構造をもつためである。一方、図式は、複雑な関係性の構造を空間的に表現することで、より直観的な理解を可能とする。よって、言語表現ではなく、図式を主たる表現形式として採用すべきである。

第四に、意思決定・知識獲得支援システムは、学問の垣根を越えた統一的な形式により、多様な現象に関わる情報を伝えるように努めなければならない。個々の利用者たちが抱える問題は千差万別であり、それに関わる現象も種々様々である。また、ひとつの問題においても、複数の現象が複合的に関係し、分野横断的な知識が要求されることもある。したがって、ひとつの学問分野のみを扱うシステムの有効性は限定的である。一方で、複数の学問分野を寄せ集めるだけでは不十分である。多様な現象に関わる情報を、専門分野ごとの個別な仕方で提示するだけでは、利用者は各分野を個別に学習する必要があり、これは大きな負担になる。よって、利用者の学習の負担を減らすために、できるだけ分野横断的に統一化・標準化された情報表現の形式を採用すべきである。

最後に、意思決定・知識獲得支援システムは、意思決定のための計算、知識獲得のための調査・研究の過程を自動化しなければならない。最適な意思決定のためには、人間の手に負えないほどの膨大な数の手段の候補の組合せを比較考量する必要がしばしばある。科学的知識に関する調査・研究は、専門的な教育を受けていない一般の利用者には極めて困難である。あらゆる人に対して、最適な意思決定と信頼できる知識獲得を支援するためには、計算機や自動実験装置などの自動機械を用いた計算・調査・研究の自動化が不可欠である。ただし、利用者の自律を損なわないために、自動化された過程の透明性と説明可能性の担保に留意が必要である。

以上を要約すれば、分野横断的に標準化された図式を主たる表現形式として、あらゆる現象の構造を示し、意思決定にかかる計算や科学的知識の調査・研究の過程を自動化することで、人々の自律的な意思決定と知識獲得を支援するシステムが望まれる。このシステムの主要な事業は以下の三つに整理できる。

  1. 現象間の因果関係や物事の仕組みなどの構造を図式(以下、構造図)により提示すること。
  2. 利用者が求める構造図がデータベースにない場合、利用者の依頼に応じて、対象とする現象の調査・研究をおこない、新たに構造図を作成すること。
  3. 利用者の依頼に応じて、利用者が抱える問題に対する解決策を提案するとともに、その根拠となる構造図を提示すること。

このような意思決定・知識獲得支援システムを「万物(Everything)の構造図譜(Atlas)」との意味を込めて「Atlas of Everything」と命名し、ここにその実現を目指す。